3
さすがにお給金の蓄えもささやかながらも出来るようになったし、
何より、就業中に破損すること甚だしいがためのストックとして、
前もって何着か買い揃えておくのだぞと
会計方面にも手厳しいはずの国木田から言われたものだから。
日頃の着回しに“おさがり”にする格好でシャツやパンツは数が増したし、
季節に応じたものだけじゃあ足りない、
一般人に身をやつす格好で平凡な学生へ変装することだってあれば、
出張に出向いた先で何かあっては困るでしょう?と、
其方は主に太宰にそそのかされて買い求めたものもありと、
気が付けば外出着まで揃ったワードロープとなっており。
ちなみに今日着て来たのは、
カーキ色の七分袖のニットと白Tシャツを重ねたトップスに、
スキニータイプの濃紺のパンツ。
髪色と肌が白っぽいので基本どんな色合いでも合わせやすいものの、
選んだ人が判るよなコーデも多々あって。
ニットは裾に三本ほど白のラインがアクセントに入っており、
すっきりした首から、それでは寂しいといわれたか、
革ひもに結んだメンズだろうリングをペンダントのように提げている辺り、
それもワンセットのいでたちなら 中也の見立てだなというのが何となく判る。
親しさが増しつつある中、表情に和みの色も増えたからか、
打ち解けてのこと、やや緩んだ笑い方を向けてくれるのが
何とも可愛いものだなと微笑ましく思うようになった相手ではあるが、
「?? どうした?」
待ち合わせの約束があったものの、
直前の仕事中に川に落ちたので風呂に入ったと
苦笑交じりに話してくれた おとうと弟子の虎の子くんが。
何故だか不意に、お顔を赤く染め始めた。
女の子みたいなくしゃみをしたの、おいおいと揶揄するように取り上げはしたが、
それへと間合いも良く顔を上げたのは、それへの反駁を怒鳴って来るものと思ったところが、
想いも寄らぬこの反応。
ふざけ合ってる延長のような口喧嘩が出来るほどに打ち解けたことは認める。
だからこそ、こんな風に何にかはっとしたように双眸を見開いてこちらを見つめられるのはちょっと意外で。
もしかして何か言いすぎただろうか、
そうまで怒らせた? いやいやこれって虚を突かれて気持がくじけている貌じゃあなかろうか?
この子のに限ってはそこまで察することも出来るようになってた、黒獣の兄人さんだが、
ちょっと待て、頬が赤いのは気持ちがくじけているんじゃなさそうだが…と。
どうでもいい相手ではないからこそ、
どうしたのだと案じるままに、白虎くんの顔を覗き込もうとする芥川だったが、
「えっ? いやあのッ。ちょっと待って。///////」
互いの顔同士が、拳一つ分あるかないかという至近であることへ、
敦が何故だか焦ったような声を出す。
「???」
「いやあのっ、だから、そのっ。///////////」
嫌がっての拒絶なら、力任せに押し返せばいいのに、それは構えない。
何なら逃げ出せばいいのに、それもしない。
足元、立ち位置は固定されたまま、
ただただ顔を赤くして、手や腕で庇うようにしつつ。
こちらからの視線から逃げようとしており、
このところの、いやいや、以前のこの少年にも見られなかった反応であり。
逃げるというか、自分を庇っているというか、
“……あ。”
ふと、似たような情景が芥川の脳裡に浮かんだが、
『やっ、あのッ、見ないでください、芥川センパイッ。///////////』
あれは確か、尾崎幹部にいじられてそれは凝った美少女メイクとやらを施された樋口が、
せっかく手を掛けていただいた完成作を、だが自分へは見るなと逃げた折の姿と、
何故だろうか、妙に重なる。
“樋口はそのまま執務室から逃亡もしたが。”
何が恥ずかしかったのかは今もって判らぬままで。(…だろうなぁ)
「一体どうしたのだ。女学生のようと言うてはならなんだか?」
「じゃ、じゃあなくて〜〜。///////」
近い近いと何だか妙な言いようまでしている少年の顔近く、
楯のように構えられてた腕を取れば、
「あ……。////////」
そりゃあもう、
元が色白だった反動で判りやすすぎるほど真っ赤に熟れた顔があらわになる。
しかも、それに乗っかっている表情がまた、困惑と羞恥を混ぜたような、
押し返すことは適わぬ ○○な人に追い詰められておりますという様子が赤裸々で。
“……? ○○な人?”
そこでピンと来ておれば苦労はない、いやさ来ないようにと躾けた太宰さんが悪い。
いちいち深慮するよな気の利いた子になられちゃ困るとか、
いっそ朴念仁でちょうどいいとかどうとか、
歪んだ独占欲からそうと構えていたに違いないが、そういう考察も今はともかく。
樋口はともかく、この少年とはそういう身分や階級という縛りもない関係なのに?
なのに、何でまたこんな顔をされねばならぬと、
ただただ理不尽なという不快を覚えかかっている漆黒の覇王様だったが。
片やの敦は敦で、
それどころじゃあない内面的恐慌に襲われており
イケメンには慣れていると思ってた。
だって毎日のように職場で様々な美形様がたと顔を合わせている身。
それは気の付くやさしい人もいれば、我儘三昧な帝王もいるし、
怠けることにかけては悪魔のように頭が回る人もいれば、
自身のみならず周囲も律せねば気が済まない理想の人もいて。
聖母様みたいな慈愛の人から、女王様のような傲慢な人、
狡猾だったり高潔だったり、無邪気が過ぎて常春だったり、
そりゃあもうもう様々な美人さん方と当たり前のように接して1年。
もうすっかりと免疫は出来ているつもりでいたのに。
“な、何なんだ、このドキドキはっ。////////”
殺気をまとったままの剣呑な態度も もはや常套、
異能である黒獣をゆらゆらとたなびかせつつという戦闘態勢をとったまま、
目を吊り上げて喉が千切れそうな怒号を放……たなくなったら、
そりゃあ綺麗な人だったんだと気が付いたのはいつだったか。
眉間にしかめジワがなくなると
高貴な人が愛でる陶製の顔したお人形のような精緻な風貌で。
睫毛は長いし、深い色の双眸は何とも神秘的で、
そこへ伏し目がちになっての影が落ちればますますと、
それを蠱惑というものか、脆そうな儚さが滲み出し、
吸い寄せられた視線が逸らせなくなる、現に今も。
あれほどの怒号や つれない厭味ばかりを放ってた口許は、
実際は随分と小さくて、だから寡黙そうに見えたんだと妙に納得してみたり。
こんな繊細そうな風貌だったのへ まったく気づけなかったのは、
“そりゃあ男らしい、英断の人だからだろな…。”
共闘という態勢となって 前線組として戦場に立つときに、
いつも衝突してしまうのが状況への処断の傾向で。
このマフィアの禍狗さんはいつだってあっさりと切り払う道を選ぶのを、
容赦がなさすぎ、この芝刈り機と詰るものの、
それで誰かを傷つけた事実も言い訳なぞせず自分で負う彼なのだ、
そこまで含めて度量は大きいと思うし、男らしいとも感じてた。
頼もしい人、それがこんな、
「一体どうしたのだ。女学生のようと言うてはならなんだか?」
「じゃ、じゃあなくて〜〜。///////」
ああ、声も硬質で耳に響いて心地いい。
小首を傾げる角度が、何でかなドキドキするんだ。
さらさらと頬をすべる髪の音が聞こえそうだから
そんな風に覗き込まないでって。
ミントみたいなライムみたいな 胸のすくよな匂いが近すぎて混乱する。
熱なんてないって、でも、うん、額に触れてくれる指や手の冷たさも好き。
え?
好き?
いやうん、好きだよ? だってホントはいい奴だもん。
仲良くなってしまえば物凄く面倒見いいし、
何で逃げるんだって ちょっと拗ねてる顔も可愛い綺麗だし。
敵を前にして、そりゃあ強かそうに細い背条を伸ばして立つ、
威容と華奢とが交じり合ったよな
鋭すぎて危なっかしいばかりだった怖さも、
どんどんと雄々しくなって来て カッコいいなといつも思うし。
太宰さんに撫でられて真っ赤になる子供っぽい含羞みっぷりも可愛い…って。
あれ?
何だ、これ。
凄いドキドキして、体中が熱いんですけど。
胸板の奥のほう、どことも言えないところで、
くんって何か撥ねたみたいな、
軟骨みたいのが捩れたみたいな感じになって…その甘い痛さが消えなくて。
「人虎?」
ああ、その呼び方も、
ボクがお前の特別みたいで、
お前だけがそう呼んでるのかって、そうと思えば心地いいなぁ。
「……芥川。」
あのさ。
ボク、お前を全部自分のにしたい。//////////
「………はい?」
怪訝そうな顔も美人だね、だぁい好き♪
to be continued. (18.04.13.〜)
BACK/NEXT →
*人が恋に落ちた瞬間というもの、
荒くたいことにのみ定評のある もーりんがお送りいたしました。
正直に言います、
途中で何度か、しっかりしろと往復ビンタしてやりたくなりました。
…じゃあなくて。
こういうのは勢いだと思って一気にもじもじ書き散らかしてみました。
そんなんじゃあない、まだ甘いというご意見もありましょうが、
ロマンチックなことに縁薄いおばさんですので、これが目一杯です、すいません。

|